
1944年12月25日。敗色濃厚なナチス・ドイツでは、連合国軍による連日の空爆によって市街は廃墟と化していた。
ナチス切ってのアイディアマン、宣伝大臣ゲッペルス(ジルベスター・グロート)は、ある名案を思い付く。
それは、百万人の観衆の前でヒトラー総統(ヘルゲ・シュナイダー)が演説を行い、それを十二台のカメラで撮影しプロパガンダ映画に仕立てて、国民の戦意を高揚させ、戦費をも集めようというものだった。
しかし、それには大きな問題が立ちはだかっていた。
ヒトラーが心身を病んでしまい、とても演説ができる状態ではなかったのだ。
そこでゲッペルスは、かつてヒトラーに演説の指導をしたこともある、世界的なユダヤ人俳優アドルフ・グリュンバウム教授(ウルリッヒ・ミューエ)を呼び寄せ、新年までの五日間で総統の威厳を復活させようと目論んだ。
収容所から移送されてきたグリュンバウムは、ゲッペルスの依頼に難色を示すが、収容所の家族を呼び寄せることを条件に引き受けることにする。
初めは機会を狙ってヒトラーを暗殺しようと考えていたグリュンバウムだが、その口から悲惨な幼少期が語られるのを聞く内に、決意が鈍ってしまう。
グリュンバウムの長男アダムは、そんな父を意気地無しとなじるのだった。
やがて運命の演説の日がやってきて――
***
ナチス・ドイツ、ユダヤ人とこの単語だけで、暗く重厚な映画であろうと想像してしまう。
が、これはコメディーである。
ナチス内部のバタバタを、あくまで俗っぽく、コケにしようと言う趣向。
その割には、爆笑できるほどのネタは入ってないなぁ、と思った。
「ハイル、ヒトラー」の連呼のシーンでは、ちょっとクスッとしたけども。
ユダヤ人監督による演出の意図は分かるような気もするが、いかんせん全体的に深みがない。
わざとなんだろうけど、このノリにはちょっとついていけない感じがした。
ドイツで公開された際には、不謹慎であるとして、かなりの批判も浴びたとのこと、むべなるかな。
ヒトラーの特殊メイクが、いかにも乗っけてますと言う感じで、非常に不自然なのも気になった。
近年、ヒトラーを演じたなかで名高いのは、やはり『ヒトラー〜最期の12日間〜』のブルーノ・ガンツであろうが、彼ほど似せられる俳優もそうそうは居ないだろう。
だったらいっそのこと、全然似てなくても気合いで押し切ってしまえば良かったのでは。
だってこれ、コメディなんでしょ?
もともと、ウルリッヒ・ミューエ見たさに観に行ったのだが、遺された作品がこれでは名優の名に傷が付くのでは・・・と心配になってしまった。
御存命であれば、いくらでも挽回のチャンスはあったろうに。
つくづく惜しい俳優を亡くしたものだ。
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