ある春の日、奥野泉水(加瀬亮)は二歳違いの弟である春(岡田将生)に、頼まれ事をされる。
春の高校まで、ジョーダン・バット――父が買ってきたそのバットには、なぜかマイケル・ジョーダン(?)のサインが入っている――を持ってきて欲しいというものだった。
バットを何に使うのかと問う泉水に春は、これからクラスのいけ好かない女子を集団で襲おうとしている奴らをやっつけに行くのだ、と答える。
呆気にとられる泉水の目の前で、高校生たちが次々と倒されてゆく。
お礼を述べるために近寄ってきた女生徒にも、なぜか一撃を加える春を、泉水は呆然と見ているしかできないのだった。
それから七年後。
大学院で遺伝子の研究をする泉水と、落書き消しの仕事をする春は、養蜂家である父、正志(小日向文世)と食卓を囲んでいた。
その日は、自動車事故で亡くなった母、梨江子(鈴木京香)の命日だったのだ。
数日後、春から呼び出しを受けた泉水は、このところ仙台で発生している連続放火事件と、自分が消している落書き(グラフィティアート)とは関係があるのではないかと告げられる。
放火されるかもしれない場所を見張りに行こうと春に誘われ、乗り気でないながらも深夜の街に出かける泉水。
しかし、またしても落書きの近くの場所で火の手が上がる。
癌を告知された父の心配や、落書きと放火の謎を解く暗号に頭を悩ませる泉水に、友人からある男の消息が伝えられる。
それは二十四年前に仙台で起きたある事件の犯人、葛城(渡部篤郎)がこの街に戻ってきているというもので・・・
過去の事件と、現在進行している放火事件との関連は?
そして、不審な行動をしている春の目的とは?
***
伊坂幸太郎の原作重力ピエロ (新潮文庫)の映画化。
今作は、近年次々と映像化されている伊坂作品の中でも、最も深刻なテーマを扱ったものといえる。
それだけに、どういった表現を用いるのか、興味深いような、怖いような気持ちで観に行った。
不幸な出来事を乗り越え、「最強の家族」となった奥野家の絆、両親の愛情、兄弟のちょっと複雑な感情を、丁寧に描いた点に好感が持てる。
原作のユーモラスな場面も細部にこだわって取り入れられていた。
正直、テーマがテーマだけに、観ていていたたまれない心持がすることもあった。
しかし最後に、兄弟の父である正志の愛が、常識だの世間体だの何だのをぶち壊して、ぶっちぎりの勝利を収めたので、救われる思いがした。
小日向さん、本当に素敵だったなぁ。
渡部篤郎には「汚れ役オブザイヤー」を進呈したい。
最近の「悪役にも五分の魂」的な作品が主流の世の中にあって、一片の同情にも値しない最低の人間を演じた、その勇気と役者魂に乾杯!
テーマはかなり重いが、秀逸なホームドラマとして成立している。
伊坂作品の愛読者からも、一定の支持が得られるのではないだろうか。



