これまでトラックバックの設定において、「言及リンクのないトラックバック」は「受付しない」にしておりましたが、「受付する」に変更いたします。
これは、当ブログに「TBが送信できない」、という現象を回避するために行うものです。
せっかくTBをしてくださったのに、反映できないのは申し訳ないので・・・
もっとも、システム上の問題(相性?)もあるのかもしれないので、これで解決!というわけにはいかないのかもしれませんが。
そうそう!言及リンクがないTBを受け付けるというのは、無関係な内容の記事のTBも受け付ける、ということではございませんので、ご了承くださいませ。念のため。
(詳しくは、「言及リンク」や「参照リンク」の定義について検索すると出てくると思います。)
でも、TBスパムが多くなるようなら、考え直さねばなりませんが・・・難しいですなぁ。
追記:
・・・って、言ってるそばから迷惑TBがぁ!!
あのねぇ、アダルトサイトの広告なんてこんなとこにTBしてもしょうがないでしょ!?
むかつくなぁ〜、もう!
2009年06月05日
2009年06月04日
『スター・トレック』
謎の巨大宇宙船に突如襲われた、惑星連邦船USSケルヴィン。
その船内では、いままさに新しい命が生まれようとしていた。
死亡した船長の代理として指揮を執るジョージ・カーク(クリス・ヘンズワース)は、妻と生まれてくる我が子のために、決死の操艦を行う。
脱出艇の中で無事に男の子が誕生したのを聞いたジョージは、その子をジェームズ・タイベリアスと名付け、USSケルヴィンもろとも宇宙に散ったのだった。
それから二十二年後。地球のアイオワ州にあるバーでは、バーに集まった宇宙艦隊アカデミーに入学予定の若者たちと、ジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)が乱闘騒ぎを起こしていた。
知的な美女ウフーラ(ゾーイ・サルダナ)をナンパしたことが原因だ。
居合わせたパイク大佐(ブリース・グリーンウッド)によって、その場は納められた。
ジェームズ・カークを知るパイク大佐は、カークに宇宙艦隊に入ることを勧める。
「君の父はたった十二分間船長だった。しかし、君と君の母を含めて八百人の命を救ったんだ。・・・父親を超えてみろ」
その言葉に心を動かされたカークは、宇宙艦隊アカデミーに入学することを決意する。
アカデミーに向かう船の中には、ウフーラや船医レナード・“ボーンズ”・マッコイ(カール・アーバン)らも居た。
士官候補生となったカークは、最難関の模擬戦闘テストをクリアしてみせる(ズルして)。
が、その手法に疑問を持ったテストの考案者である、バルカン星人のスポック中佐(ザッカリー・クイント)の告発によって、審問会に引っ張り出されるはめに。
テストの目的について意見を戦わせるカークとスポック。
テストは、「勝ち目のない状況において、死の恐怖を感じながらも任務を遂行するためのものだ」と説明するスポックに対し、「勝ち目のない状況など、ない」と言い放つカーク。
そんな中、バルカン星から緊急の救難信号が届く。
宇宙艦隊は直ちに緊急出動を決定し、士官候補生たちもそれぞれの船に割り当てられる。
新造艦のUSSエンタープライズのブリッジメンバーは、パイク船長以下、スポック、マッコイ、ウフーラ、スールー(ジョン・チョウ)、チェコフ(アントン・イェルチン)ら。
停学謹慎中のため乗船を許可されなかったカークも、マッコイの機転によって、USSエンタープライズに乗り込むことができた。
バルカン星付近の報告を聞いたカークは、二十五年前にUSSケルヴィンが遭遇した異常と、状況が酷似していることに気が付く。
これは罠であるとするカークの主張に、スポックも納得する。
果たして、バルカン星の宙域は、謎の巨大宇宙船によって惨状と化していた。
バルカン星には巨大なパルス兵器によって、深い穴があけられており、その影響で通信も転送装置も機能しないのだった。
敵の宇宙船は、ロミュランの元採掘船でナラーダ。船長はネロ(エリック・バナ)と名乗った。
仲間の連邦船がことごとく大破している中で、なんとか生き残ったUSSエンタープライズだったが、敵の高度な兵器の前にはなすすべがなかった。
攻撃中止の条件として、パイク船長をナラーダに寄越せというネロの要求も、呑まざるをえない。
パイク船長はスポックを船長代理に指名し、カーク、スールー、オルセンに、パルス兵器の破壊を命じる。
辛くも兵器を破壊したカークたちだったが、パイク船長は捕らわれの身に。
ネロはあの圧倒的な兵力をいかにして手に入れ、何の目的で使おうとしているのか。
USSエンタープライズのクルーは、ネロの破壊行為を止めることができるのか。
TOS(=スター・トレック オリジナルシリーズ)のエピソード・ゼロ、ここに開幕!
***
まず、声を大にして言いたい。
今作は「これまでのスター・トレック映画版とは(よい意味で)全然違います!!」と。
前線から遠ざかって久しい予備役とはいえ、トレッキーの末席を汚すものとして、この映画は観なければならないと思っていた。
しかし、これまでのスター・トレックの映画といえば、TVシリーズのおまけ以外の何ものでもなく、正直言ってトレッキー以外の人々には全く面白くもない代物であった。
いや、トレッキーでも、映画より出来のよいTVのエピソードの方が面白れーや。と思う向きもあったであろう。
だが、今作は違う。
カークとスポック、二人の青年の成長を描いた青春物語として、SF作品として、そしてスター・トレックのシリーズ最新作として、いずれにおいても満足のいく仕上がりになっている。
・・・と思うのはトレッキーの欲目かも知れないが、それを差っ引いても、十分に鑑賞に足る作品だと思う。
技術的な面で言えば、TOS制作時には存在すらしなかった特撮技術があり、それこそSF的な進歩を遂げているわけで、CG・VFXをこれでもか!と見せ付ける、という作品にもできたろう。
しかし、あくまで技術は物語に付随するものとして、過不足なく使われていた。
つまりはCG・VFXが異物として表面に浮き出ることなく、役者の感情表現と同じように、物語に融合していたということなのだろう。
また、ストーリーでは、
若くて、まだ全然人間の練れてない(?)スポックの懊悩に萌え、
そのスポックの意外なロマンスに、ええっ!?と仰け反り、
元祖スポック(レナード・ニモイ)の登場に歓喜し、
懐かしいTOSのクルーの、若々しい姿に新鮮な驚きを覚える・・・
書き尽くせないほど充実した二時間の旅であった。
もっともっと観たい!と思ったところに朗報が。
すでに『2』の制作が決定しているという。
そうよね!?
まだクリンゴンも、フェレンギも、カーデシアも、ボーグも、ドミニオンも出てきてないもんね!!
(って、時代設定がTOSだったらボーグとドミニオンは遭遇してないか・・・カーデシアも国交なかったっぽいし。)
ともあれ、次作はどんな冒険が繰り広がられるのか、非常に楽しみ。
最新の特撮技術を駆使しつつも、レトロなSF(矛盾する言葉だけど・・・)を最高のクオリティーでつくりあげた、J.J.エイブラムス監督をはじめとするキャスト&スタッフに、心からの賛辞を。
あと、「長寿と繁栄を」ね!
これまでに過去のスター・トレック映画版を観てがっかりしたことがある、という方にも、TVシリーズには縁のない方にも、この生まれ変わった『スター・トレック』をご覧いただきたいと思う。
もちろん!トレッキーなら120%楽しめますぜ!!
(追記)
ディープなトレッキーから、TOSの設定との矛盾点について、厳しい追及があった場合に身をかわすためか、「これはパラレルワールドですよー」と、さりげなーく台詞に織り込んであった(笑)
2009年06月03日
『重力ピエロ』
ある春の日、奥野泉水(加瀬亮)は二歳違いの弟である春(岡田将生)に、頼まれ事をされる。
春の高校まで、ジョーダン・バット――父が買ってきたそのバットには、なぜかマイケル・ジョーダン(?)のサインが入っている――を持ってきて欲しいというものだった。
バットを何に使うのかと問う泉水に春は、これからクラスのいけ好かない女子を集団で襲おうとしている奴らをやっつけに行くのだ、と答える。
呆気にとられる泉水の目の前で、高校生たちが次々と倒されてゆく。
お礼を述べるために近寄ってきた女生徒にも、なぜか一撃を加える春を、泉水は呆然と見ているしかできないのだった。
それから七年後。
大学院で遺伝子の研究をする泉水と、落書き消しの仕事をする春は、養蜂家である父、正志(小日向文世)と食卓を囲んでいた。
その日は、自動車事故で亡くなった母、梨江子(鈴木京香)の命日だったのだ。
数日後、春から呼び出しを受けた泉水は、このところ仙台で発生している連続放火事件と、自分が消している落書き(グラフィティアート)とは関係があるのではないかと告げられる。
放火されるかもしれない場所を見張りに行こうと春に誘われ、乗り気でないながらも深夜の街に出かける泉水。
しかし、またしても落書きの近くの場所で火の手が上がる。
癌を告知された父の心配や、落書きと放火の謎を解く暗号に頭を悩ませる泉水に、友人からある男の消息が伝えられる。
それは二十四年前に仙台で起きたある事件の犯人、葛城(渡部篤郎)がこの街に戻ってきているというもので・・・
過去の事件と、現在進行している放火事件との関連は?
そして、不審な行動をしている春の目的とは?
***
伊坂幸太郎の原作重力ピエロ (新潮文庫)の映画化。
今作は、近年次々と映像化されている伊坂作品の中でも、最も深刻なテーマを扱ったものといえる。
それだけに、どういった表現を用いるのか、興味深いような、怖いような気持ちで観に行った。
不幸な出来事を乗り越え、「最強の家族」となった奥野家の絆、両親の愛情、兄弟のちょっと複雑な感情を、丁寧に描いた点に好感が持てる。
原作のユーモラスな場面も細部にこだわって取り入れられていた。
正直、テーマがテーマだけに、観ていていたたまれない心持がすることもあった。
しかし最後に、兄弟の父である正志の愛が、常識だの世間体だの何だのをぶち壊して、ぶっちぎりの勝利を収めたので、救われる思いがした。
小日向さん、本当に素敵だったなぁ。
渡部篤郎には「汚れ役オブザイヤー」を進呈したい。
最近の「悪役にも五分の魂」的な作品が主流の世の中にあって、一片の同情にも値しない最低の人間を演じた、その勇気と役者魂に乾杯!
テーマはかなり重いが、秀逸なホームドラマとして成立している。
伊坂作品の愛読者からも、一定の支持が得られるのではないだろうか。



